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非常識人列伝「ゼンマイ仕掛けの映画カメラで世界を変えた男」ジョナス・メカス

世界を動かした非常識人列伝 第22話

ジョナス・メカス(1922年〜2019年)
日記映画というジャンルを確立した映像作家

リトアニアはバルト海東岸にあるバルト三国のひとつ。第一次世界大戦後、ロシア帝国から独立しましたが、1940年にはソビエト連邦から、1941年にはナチスドイツから侵略されました。

ジョナス・メカスは1922年、そんなリトアニアに生まれました。ちょうど、ソ連やナチスから侵略される前のもっとも穏やかな時期に誕生したということになります。

しかし、ナチスドイツからの侵略を受けると、ジョナス・メカスは親族の手引きでまずウィーンへと逃げ、1949年、弟とともに難民としてアメリカ・ニューヨークに渡りました。

ここでジョナス・メカスはゼンマイを手で巻いて撮影するボレックスという映画カメラを手に入れ、身近な風景や友人たちを記録するようになりました。

この頃、ニューヨークにはハリウッド映画とは異なる映画を思考する様々な作家や研究者などが集まっていました。メカスは、アバンギャルド映画・実験映画の配給を行う団体を1960年に設立。また自身もドキュメンタリー映画を作り始めたのです。

中でも1972年に発表された『リトアニアへの旅の追憶』は、当時に人々に衝撃を与えました。アメリカに渡って間もない頃から撮り始めた風景が数多く登場するこの作品は、言葉も通じないニューヨークで何度も何度もゼンマイを巻きながら撮影された瑞々しい生活の断片や友人たちの表情が重なり合い、ジョナス・メカスの移民としての哀しみや人としての喜びを私たちに伝えてくれます。そして、27年ぶりに訪れる故郷リトアニアで出迎えてくれた母との再会は「日記映画」という新たなジャンルを創出させたと言われています。

ハリウッドの大作でなくても、たった一人の個人が撮影した作品でも、多くの人々の心を打ち、いつまでも語り継がれる作品となり得ることをジョナス・メカスは実証して見せました。また、メジャーなスタジオ作品を撮る映画監督の中にも、メカスの影響を公言する者は多く、プライベートムービーの瑞々しさと、商業映画のダイナミズムが地続きであるということをメカスは教えてくれたのです。

2019年1月、惜しまれながらこの世を去ったジョナス・メカス。しかし、彼が残した映像作品や詩作は、いまなお多くの人々にプライベートな眼差しの繊細さと力強さを伝えてくれています。