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非常識人列伝「太陽の塔で世界の度肝を抜いた天才」岡本太郎

世界を動かした非常識人列伝 第23話

岡本太郎(1911年〜1996年)
信念を曲げない孤高の芸術家

1970年、大阪で開催された日本万国博覧会を訪れた人々は、開場の中心であるお祭広場にそびえ立つ『太陽の塔』を見て仰天しました。高さ70メートルのその塔は真っ白。てっぺんには黄金に輝く近未来的な顔を持ち、中央付近にもデフォルメされた巨大な顔を持っていたのです。とがった羽のような手を広げ、空に向かってスクッと伸びる姿は、見る者を圧倒しました。なにしろ、お祭広場の屋根を突き抜けているのですから、余計に大きく見えたのです。

この『太陽の塔』を作ったのが芸術家の岡本太郎。若き日に留学したパリで、ピカソの絵と出会い、「ピカソを超える」という目標を掲げて絵画に打ち込むようになりました。その後、才能を遺憾なく発揮した岡本は、フランスで頭角を現し、日本に帰国後も画家として人気を博しました。

そして、1970年。世界の人々を招く万国博覧会のテーマ展示のプロデューサーとして白羽の矢が立ったのです。「べらぼうなものを作ってやる」と息巻いた岡本。その言葉に嘘偽りのない『太陽の塔』を構想したのです。

しかし、すでにお祭広場には大屋根がつくことが決定していました。岡本はそのことを知った上で、大屋根に穴を開け、そこから顔を出すように『太陽の塔』を設計したのです。大屋根を設計した建築家の丹下健三は猛反対。岡本太郎は「馴れ合いのような進歩と調和なんて卑しい」と信念を曲げなかったと言います。

永久保存が決定され、いまも大阪の地にそびえる『太陽の塔』。それは岡本太郎の芸術家としての、いえ、人間としての強いこだわりがあるからこそ、いまだに多くの人々に愛されているのかもしれません。