#47 「悪童と呼ばれたやんちゃなテニスプレイヤー」ジョン・マッケンロー

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第47話

ジョン・マッケンロー(1959年〜) 
シングルとダブルスで世界1位になったテニスプレイヤー

このコラムでは様々な偉人たちを紹介してきました。いろんなタイプの偉人がいますが、そのほとんどに共通の特徴があります。それは、強力なライバルがいること。ライバルがいることで、その負けん気に火が付き、本来持っているポテンシャル以上の実力を発揮するのかもしれません。

シングルスとダブルスの両方で世界ランキング1位になった世界的なテニスプレイヤー、ジョン・マッケンローもそんな一人です。

マッケンローのライバルと言えば、ビョルン・ボルグ。1980年、マッケンローやウィンブルドンで初の決勝戦進出を果たしました。すでに名声を得ていたボルグはこの大会5連覇を目指していました。3時間55分に及ぶ戦いはいまなお語り継がれるほど。この試合で、マッケンローはボルグの前に倒れたのです。

しかし、同じ年の全米オープンの決勝で二人は再戦。今度はマッケンローがボルグをフルセットの末に破り、さらに翌年のウィンブルドンでもマッケンローが初優勝。ボルグのウィンブルドン6連覇を阻止します。ここから二人の激しいライバル戦は続きました。最終的にはボルグが引退を表明するまでの3年間で二人は14戦7勝7敗という結果に。まさに互角の力を見せつけました。

現役時代のマッケンローはプレー以外でも人々を魅了しました。それは審判への暴言。ラインギリギリのジャッジに対するクレームなど、少しでも納得がいかないと、猛然と抗議し、聞く耳をもたない審判へはラケットを投げるなどのラフな行為も。これに対するブーイングもありましたが、観客はある意味やんちゃなマッケンローに対して、愛のある眼差しを向け、やんちゃな天才プレイヤーを見守っていた感があります。

正確無比なプレーを誇る「氷のボルグ」に立ち向かっていく「芸術家マッケンロー」というライバルの戦いは、1980年代のテニス界を大いに賑わせてくれました。

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