#172「ぼんやりとした不安にさいなまれた文豪」芥川龍之介

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第172話

芥川龍之介(1892年〜1927年)
日本の小説家

長編小説が書けない。芥が龍之介はそんな悩みをずっと抱えていました。明治文学の父と呼ばれた夏目漱石に『鼻』を絶賛されてから、彼はずっと周囲の期待を裏切らないように優れた短編小説を数多く残しました。しかし、中長編小説についてはいつも自分自身で「駄作であった」という烙印を押してしまうのです。長い小説を書くことが本当に苦手だったのか、それともプレッシャーに負けてしまったのか。そこは定かではありませんが、葛藤していたことはたしかです。

芥川龍之介は小説の中で人の素晴らしさ、醜さを見事に描く小説家として人気を博しました。しかし、本人はいつも「ぼんやりとした不安」を抱えていた人でもありました。その原因は幼いころに母が精神的な病を発症してしまったことでしょう。芥川が物心つく前に母は発症し、11歳の頃には亡くなっています。そして、それが芥川のトラウマとなってしまったようです。

しかし、そんなトラウマを抱えた芥川龍之介だからこそ、あれだけ人生に深く切り込んだ作品が書けたのも事実。そこから生まれた『鼻』という傑作小説を支えに、彼は人生を切り拓こうとします。けれど、どうしても人生の闇が自分自身を覆い尽くそうとする。『歯車』という芥川の小説の中に神父との会話が登場します。「闇がある場所には光があります」と神父が言うと、芥川はこう答えるのです「光のない闇もあるでしょう」と。

そして、辞世の句は「水洟や 鼻の先だけ 暮れ残る」でした。人生の暮れ時に、かつて賞賛された『鼻』という小説のプライドだけが水っぱなのように残っている、ということなのでしょうか。自らの傑作小説で世に出た芥川龍之介が、自らの小説に葬られ自決の道を選んだかのようです。

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