#201「映画の新たな表現を見つけ出した映画監督」セルゲイ・エイゼンシュテイン

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第201話

セルゲイ・エイゼンシュテイン(1898〜1948)
ソビエト連邦の映画監督

エイゼンシュテインは旧ソビエト連邦の映画監督として特に著名な人物です。1924年に『ストライキ』という映画でデビューしたエイゼンシュテインが現在も語り継がれているのには理由があります。それはいま、みなさんが見ている現代の映画やテレビにも彼が生み出した映画技法が生き続けているからです。

エイゼンシュテインが生み出した映画制作の技法とはモンタージュ理論。それまで、映画はドラマを撮る場合にも役者の演技を撮ることで全てを表現してきました。しかし、エイゼンシュテインは、感情を揺さぶるための技術を確立したのです。例えば、『戦艦ポチョムキン』のなかでは、抑圧された戦艦の乗組員たちの表情の間に、沸騰する鍋の中身を使用。こうすることで、観客は乗組員たちの怒りに共感することができたのです。

そして、この後、映画『戦艦ポチョムキン』は最も有名な「オデッサの海岸」のシーンへと移ります。抑圧された乗組員たちの怒りは戦艦が停泊していたオデッサの市民にも伝わり、広場に集まった群衆に軍が発砲するというクライマックスを迎えます。この時、エイゼンシュテインは発砲する軍人、と悲鳴をあげ怒りを露わにする市民の表情を交互に見せるというモンタージュを多用するのです。

この映画はいまもモンタージュの教科書と言われ、意識はしていなくても映像を作るすべての人に影響を与えていると言われています。実は彼がモンタージュを生み出した背景には日本語があったそうです。モスクワで日本語を学んだエイゼンシュテインは、水を意味する漢字と、目を意味する漢字をあわせると「泪」(なみだ)を意味するのはモンタージュだと著書で述べています。

さて、オデッサの海岸と言えば、現在、ロシアから侵攻されているウクライナに位置します。映画という芸術のなかで語り継がれたオデッサの海岸に一日も早く平和が訪れることを祈ります。

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