#271「ほら吹きと呼ばれ嫌われ愛されたチャンピオン」モハメド・アリ

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝271話

モハメド・アリ(1942〜2016)
アメリカの元プロボクサー

モハメド・アリはケンタッキー州で生まれました。18歳のときにボクシングでローマオリンピックに出場。ライトヘビー級で金メダルを獲得しました。その後、プロに転向し、22歳でソニー・リストンを倒してWBA・WBC世界ヘビー級統一王座を獲得したのです。チャンピオンとなった後も、ジョージ・フォアマンとのタイトルマッチやジョー・フレージャーとの死闘など、ボクシング史上に残る数々の名勝負を繰り広げて、歴史上最も偉大なアスリートと呼ばれるようになったのです。

アリのファイトスタイルはそれまでのボクサーと一線を画していました。巨体をゆすりながらパンチを打ち込むようなボクサーが多い中で、アリは、ヘビー級でありながら優雅に舞い、ハチのように刺すパンチで一世を風靡したのでした。

しかし、アリが注目されたのはファイトスタイルだけではありませんでした。アリは自分を見せることに長けた天才でした。派手な言動で対戦相手を翻弄し煙に巻く姿に、人々に「ほら吹き」「大口野郎」と揶揄されることもありました。しかし、彼は試合で次々に勝利を重ねていくと、人々の見る目が変化。ソニー・リストンをマットに沈めた試合の後に、自らが言い放った「アイ・アム・ザ・グレーテスト!」が強い印象を残し、この後、アリは「ザ・グレーテスト」と呼ばれるようになったのです。

リストンに勝ってから、アリは9度の防衛に成功。そして、1967年にはベトナム戦争の懲役を拒否しました。拒否の理由を聞かれたアリは、「ベトコンに恨みはない。奴らはオレをニガーと呼んだことはないぞ」と言い放ちました。この一件でアリは王座を剥奪され、ライセンスも止められたのでした。

しかし、長い時間をかけ、アリは国との裁判で無罪を勝ち取り、リングに復帰したのです。25歳から27歳というボクサーとしては脂ののりきった時期にリングに上がれなかったアリ。周囲は「もうアリは終わった」と考えていましたが、実際は復帰戦がアリの第二章の幕開けだったのです。復帰戦でフレージャーには敗れましたが、第二戦では周囲の予想に反して、フォアマンをマットに沈めたのです。2度目の王者となったアリはまた9度の防衛を果たし1981年に引退するまで希代のボクサーとしての伝説を築き上げました。

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