#258「劇作家からチェコの大統領になった男」ヴァーツラフ・ハヴェル

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝258話

ヴァーツラフ・ハヴェル(1936〜2011)
劇作家、政治家

ヴァーツラフはプラハの実業家の息子として生まれました。1948年に共産主義体制になったことで、実家は全財産を押収され、ヴァーツラフは学問の道を絶たれてしまったそうです。プラハのカフェで働きながら生計を立てていた彼は、このときの人間観察で劇作家になる道筋を見つけました。演劇に惹かれたヴァーツラフですが、途中、兵役に就きます。このとき、劇団を組織して、自分も役者として活動。除隊後は演劇批評などの活動を再開。1963年には初めての戯曲『庭の祭』が評判となりました。『ガーデン・パーティ』『通達』など次々と話題作を発表したヴァーツラフ。この頃には、その名声は世界中に広まるようになっていました。

しかし、1968年。それまでの共産主義体制に対して、改革運動が起こりました。特に学生や若者たちから巻き起こった民主主義を求める動きは激しさを増していきました。もちろん、体制側も黙ってはいません。彼らを抑圧しようと必死に弾圧を繰り返します。そんな中で人々の自由と人権擁護を求める『憲章77』を起草したヴァーツラフは幾度となく逮捕・投獄されることになりました。

それでも、ヴァーツラフは民主運動を諦めませんでした。彼は弾圧される民衆に向かって、ラジオ放送で呼びかけました。「いまは耐えるときだ。決して諦めてはいけない」と。その思いは、国民みんなの心に届きました。1989年、ヴァーツラフは反体制の勢力を結集させた市民フォーラムを結成。共産主義を打倒したビロード革命の中心となったのです。革命がなされたあと、ヴァーツラフはチェコスロバキアの大統領に選出され、1993年には新たに成立したチェコの初代大統領に就任しました。

チェコの大統領を任期まで勤め上げたヴァーツラフはこんな言葉を遺しています。「希望とは世界の状態ではなく心の状態である」。どんなに苛酷な状況でも、決して希望を失わず、多くの人々を絶望から救ったヴァーツラフらしい言葉ですね。

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