#96「素直で真摯でやんちゃな文士」車谷長吉

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第96話

車谷長吉(1945年〜2015年)
日本の小説家・俳人

車谷長吉は兵庫県に生まれた作家です。1993年に『盬壺の匙』で芸術選奨文部大臣新人賞と三島由紀夫賞を受賞。1998年には『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を受賞しました。と紹介すると順風満帆で作家生活を送ってきた人という印象を持ってしまいそうです。しかし、実際には彼は変人と称されるに値する人物でした。

大学を卒業し、私小説を書き始めるとすぐに新潮新人賞の候補になるなど頭角を現しますが、彼は素直に道を歩む人間ではありません。後に朝日新聞社の中途採用試験に合格するのですが石油危機の影響で内定が取り消しに。落胆して故郷に帰ってきた車谷は、母から激怒され「一生、旅館の下足番をやっておけ」と言われたそうです。普通は言われてもそうはしないでしょうが、彼はその足で職業安定所へ行き、本当にあった旅館の下足番の募集に応募して働き始めたのでした。

その後、旅館の下足番、料理人として関西のあちらこちらのタコ部屋を転々としていました。しかし、彼の才能を惜しく思っていた編集者の呼びかけで再度上京し、作家として再デビューを果たしたのです。

三島由紀夫の自死にショックを受けていた車谷は私小説家としても高く評価されたのですが、どんな話でも忖度なく記述してしまうので、様々な人たちとぶつかり合い裁判沙汰にまでなりました。また、母親からも「身内のことを書くな」と言われるのですが、その母の言葉さえも文章にしてしまうという徹底ぶりだったのです。

つまり、車谷は捨て身で小説を書く人だったのかもしれません。「作家になれなかったら自殺する」ために、匕首(あいくち)をしのばせていると語ったり、芥川賞に落選すると9人の選考委員を呪い殺すつもりで9本の五寸釘を買ってみたり。これらのエピソードはどこまで本当だったのかはわかりません。けれど、そう言わしめるだけの気迫をこの作家は持っていたのでしょう。ちなみに、この捨て身にして世捨て人的な作家は、2015年69歳の時に、酒のあてにするために解凍したイカの足を喉に詰まらせて亡くなりました。

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