#30 「英雄か独裁者か。評価の揺れるヨーロッパの英雄」ナポレオン・ボナパルト

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第30話

ナポレオン・ボナパルト(1769年〜1821年)
フランスの皇帝にして革命家

ナポレオンは1789年に起こったフランス革命後のフランスを統制した若き皇帝として知られています。卓越した戦術、そして、自身のカリスマ性で民衆の魅了し、自由で平等な新しい社会体制を構築するために大きな役割を果たしました。それは、ナポレオンが単なる軍人ではなく、文学を愛し、人を愛する資質を持ち合わせていたからこそなし得た功績なのかもしれません。

ナポレオンは子どもの頃から学業で非凡な能力を見せつけ、パリの士官学校に入学後は、異例の飛び級で卒業するほどでした。しかし、その背の低さをからかわれるなどのコンプレックスもあり、十代の頃には小説家を志していたと言われています。

また、人心掌握の術にも長けていたようです。軍隊に入ってからも出世街道をまっしぐらに突き進みました。24歳で大尉となり、次々と実績を上げていきます。生涯、愛し続けたジョゼフィーヌと出会い、結婚したのは27歳の時。ナポレオンの人生は大きく飛躍していきます。29歳でエジプトに遠征して、クーデターを起こし、新しい政府を樹立。35歳で国民投票でフランス皇帝に就任すると、「自由・平等・友愛」を掲げたナポレオン法典を発表しました。その後、イギリス、スウェーデン以外のヨーロッパを制覇するまでに登りつめます。

しかし、愛するジョゼフィーヌとは、彼女の不義によって離婚。そして、2度目の結婚あたりからナポレオンの運命は急降下します。ロシア遠征で完敗したり、島流しになったり。再び皇帝に返り咲くも、ワーテルローの戦いで敗れ、結局、再び南大西洋の孤島に島流しとなり、監禁生活の末に病死してしまいます。

ナポレオンは多くの英雄の例に漏れず、両極端な性質を併せ持っていたのかもしれません。貧しい民衆のために立ち上がる勇気と、そのために多くの人々を犠牲にしてしまう残虐性。だからこそ、皇帝になることができ、逆にだからこそ皇帝から失脚させられたのでしょう。

亡くなる直前、ナポレオンは「フランス…軍…軍の頭…ジョゼフィーヌ」と声にしたと言われています。最期まで軍人として国を思ったナポレオンと、最初の妻を愛し続けたナポレオン。この言葉が波瀾万丈であったナポレオンの人生と物語っている気がします。

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