#119「世界で初めての大学を作り哲学を広めた男」プラトン

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第119話

プラトン(BC427年〜BC347年)
古代ギリシアの哲学者

プラトンはソクラテスの弟子として哲学と対話術を学びました。そして、彼が「美」や「善」とは何かを考え続け、理想の国とは何かを問い続けました。そんなプラトンですから、若い頃は政治家を志していましたが、師匠であるソクラテスが不当な裁判で死刑判決を受けた後は、完全に政治とは決別し、哲学者として生きることを決意します。プラトン、20代の終わりの頃のことです。

プラトンが提唱した考え方に『イデア論』というものがあります。イデアとは「完全な形」という意味の言葉。例えば、私たちが三角形や円を描いたとします。どれだけ完全な三角形や円を書いたとしても、顕微鏡で限界まで拡大すれば必ずギザギザになってしまうはずです。私たちは生まれたときから、完全な三角形や円を見たことがない。しかし、私たちは完全な三角形や円を思い浮かべることができる。そこでプラトンは、この完全な姿をしたものを「イデア」と呼び、このイデアだけで出来た「イデア界」があるのだと仮定したのです。

形あるものだけではなく、「正義」「美」といったものにも、完全な形=イデアが存在し、すべての物や概念には完全な世界があると結論づけました。だからこそ、考え続けること、対話し続けることが大切だと思ったのでしょう。プラトンはその実践のために世界で初めての大学をつくりました。アカデメイアと名付けられた学びの場はBC387年にアテナイの郊外に作られました。ここでは天文学、生物学、数学、政治学、哲学などが教えられ、主に教師と生徒との対話によって教育が進められました。これは、対話を重視した師匠ソクラテスの影響かもしれません。

このアカデメイアは、その後、約900年も続き、数多くの学者を輩出。そして、現在でも研究機関や教育機関に「アカデミー」の名が付けられるようになったのです。彼は亡くなるまで教育に力を入れ、そして、数多くの著作を著しました。その分野に多岐に渡り、その多くに師匠ソクラテスが登場します。しかし、研究者の間では、実物のソクラテスとプラトンの著作に出てくるソクラテスはおそらく違うのではないかと言われています。つまり、プラトンは自分たちの考え方を広く伝えるために、著名であった師匠をうまく利用したという見方もできるのかもしれません。しかし、その根底には師匠への尊敬の念があったのではないでしょうか。そして、正義のなされる善い国を作るためには何が必要なのかを伝え続けた生涯だったと言えるでしょう。

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