#143「大志を抱きながらも艦長室から出てこなかった艦長」勝海舟

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第143話

勝海舟(1823年〜1899年)
日本の武士であり政治家

勝海舟は身分の低い旗本の家で生まれました。極めて質素な暮らしぶりではありましたが、文武両道に長け、20代の後半には赤坂に蘭学の私塾を開くまでになります。そして、ペリー来航後、幕府へ意見書を送るようになり、徐々に勝海舟の名が知られるようになりました。

やがて、幕府からオランダ語翻訳スタッフに任命され、さらには長崎の海軍養成所でオランダ人から直接学ぶチャンスも得ます。そんな彼の名前を一躍有名にしたのはやはり咸臨丸による太平洋横断の旅でしょう。1860年、日米修好通商条約を結ぶ施設のために、咸臨丸の艦長となり日本人初の太平洋横断に成功。アメリカで見てきた文明を日本に持ち込み、幕府の海軍創設に力を発揮したのです。

偉人として現在も映画やドラマに登場することが多い勝海舟。しかし、すべてが優れていたわけではありません。例えば、咸臨丸の艦長としての働きですが、志は高いのに細かな衛生管理には気が回らず艦内に伝染病を流行させてしまったのです。このことで多くの死者を出し、本人も伝染病に感染。結局、艦長室にこもりっきりになってしまいました。

咸臨丸に同乗していた福沢諭吉はこれを船酔いと誤解してしまい、後に「勝海舟は船酔いで役に立たなかった」とあちらこちらで言及。結果、現在でも勝海舟は咸臨丸で役に立たない艦長だったと語り継がれるようになってしまいました。

世の中を動かすほどの偉人でもすべてが完璧なわけではありません。逆にひとつの分野に秀でていて、別の分野ではからっきしという偉人が多いのかもしれませんね。勝海舟の場合は、船の他に犬に弱かったとも言われています。子どもの頃、犬に股間の急所を噛まれて生死の境をさまよったことがあるそうです。それからは犬を見ると怖くて震えるほど。それは終生変わりませんでした。

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