#159「表現と愛と仕事と家に揺れた明治の文豪」森鴎外

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第159話

森鴎外(1862年〜1922年)
明治・大正期の小説家、軍医

森鴎外は、明治から大正期にかけての文豪として知られています。また、陸軍医としても活躍しいくつもの勲章を叙勲されるほどに責務を果たしました。しかし、同じ時期に活躍した夏目漱石や芥川龍之介などに比べると、広く親しまれるという感覚ではないのかもしれません。その理由はどこにあるのでしょう。

それは、鴎外の作品の多くが文語調であり、言文一致を確立した夏目漱石の作品と比べると「読みにくい」「硬い」といった印象があるからかもしれません。鴎外も口語体の小説はあるのですが、文語体へのこだわりが強く、有名な『舞姫』も文語体で書かれていますね。そして、鴎外への正当な評価をもっとも阻害しているのは、彼の代表作であるこの『舞姫』なのかもしれません。

『舞姫』は鴎外が1980年に発表した小説です。ドイツに留学した主人公にした物語で、ドイツでの恋愛体験を主人公の手記として綴ったもの。鴎外初期の代表作として知られています。この物語は鴎外自身がモデルと言われ、実体験を下敷きに書かれました。

舞台はベルリン、日本からやってきた留学生は当地のドイツ人女性と恋愛関係になる。しかし、彼の突然の帰国で彼女は精神を病んでしまう。そんなお話です。でも、鴎外の実体験とは結末が少し違っています。帰国が決まった鴎外はドイツ人の恋人エリーゼと結婚することを決意。自分とは別の船で彼女を日本に送り出す手はずも整えました。あとは一足先に帰国し、家族を説得するだけです。

鴎外は誠心誠意、エリーゼの人柄を伝え、自分自身の決意を伝えました。しかし、母を始め家族の反対が揺らぐことはありませんでした。絶対に許さない。その強固さの前に鴎外はエリーゼとの結婚を諦めざるを得なかったのです。ここで、多くの人々は「なぜ!」「どうして?」と声をあげることでしょう。ドイツからわざわざ呼び寄せておいて、母が反対したからって、結婚を諦めるなんて。いまなら、マザコンだと一刀両断されてしまいます。

一言で言うなら、時代が違うのでしょうね。留学先での自由恋愛、国際結婚なんて、いまなら当たり前の話しですが、明治時代、多く人々は家という単位で生きていました。家のために働き、家のために結婚し、家のための子どもを作る。そんな時代にあって、これからの家系を支えていく大黒柱になるべき鴎外が勝手に妻を選ぶだけでももっての外なのに、それが留学先で、しかも外国人。そんなことが許される時代ではなかったのです。

しかし、そんな時代にエリーゼを日本に送り出し、妻に迎えようとしただけでも、鴎外という人はかなり突拍子もない人物だったということになります。そんな鴎外を「ただのマザコンだ」と埋もれさせてしまうのは、実にもったいない気がします。

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