#175「『戦争と平和』を書き終えて、文豪は心の平和を求めた」レフ・トルストイ

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第175話

レフ・トルストイ(1828年〜1910年)
19世紀ロシア文学の文豪

ロシアの文豪トルストイは『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』などの大作小説で知られています。彼は24歳で志願して軍に入隊。26歳までコーカサス戦争に従軍しました。この戦争体験が彼に大きな変化をもたらし、様々な作品が生まれる発芽となったと言われています。トルストイの作品には非暴力主義とでも言えるような平和主義が根底に流れていますが、それも戦争経験が大きな影響を与えているのかもしれませんね。

40代になって前述の『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などを世に送り出したトルストイ。文豪としての地位を確固たるものにしました。しかし、この頃からトルストイの人生には暗い影が差すようになります。特に度重なる親族の死によってトルストイはうつ病のようになってしまったそうです。自殺まで考えた彼は、悩みに悩んだ末、文豪としてのポジションを潔く捨てる覚悟をしました。

このひどい世の中を変えるのは小説ではない。宗教思想や哲学、つまり教育こそが重要なのだと考えたようです。質素な民衆の暮らしに惹かれた彼は、原始キリスト教にも似た独自の宗教観を提示し、布教活動を行うようになりました。この時、民衆を苦しめる政府や政府と癒着するロシア正教会を激しく避難。徐々に、反体制派運動へと移行していきます。著作もこれまでのような物語ではなく、道徳的な観念に裏打ちされた作品が多くなり、『人生論』『イワン・イリイチの死』などを書き表し、晩年には『復活』であからさまに政府や教会の堕落を批判し、ロシア正教会から破門されるまでになります。

しかし、トルストイのストイックなまでの考えは、12人もの子宝に恵まれた生活を立ちゆかなくさせるに充分なものでした。これまでに書いた小説の印税や地主としての収入を拒否してまで質素な暮らしをしようとするトルストイと妻の間には亀裂が走ります。それでも、トルストイは妻や子どもを愛していないわけではありません。逆に強い愛があったからこそ、自身の身も心も引き裂かれる思いだったのです。

トルストイは現実と理想の間で翻弄され、晩年には何度も家出を企てたそうです。その家出先で妻が自殺を図ったという報を聞き、トルストイは家に戻ろうと列車に飛び乗りました。しかし、彼は列車のなかで倒れ、肺炎で死去してしまいます。理想と現実に揺れたからこそ数多くの大作小説を生み出し文豪となったトルストイ。しかし、最期には同じ理想と現実の中で翻弄されついには病に倒れてしまったのです。

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