#178「電磁気学を生んだ無邪気で優しい天才」アンドレ=マリ・アンペール

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝 第178話

アンドレ=マリ・アンペール(1775年〜1836年)
フランスの物理学者、数学者

アンドレ=マリ・アンペールはフランスの物理学者にして数学者です。そして、電磁気学学問を生み出した人物として、また、アンペールの法則を発見した人物として後世に名を残しています。みなさんが習った電流の単位であるアンペアも、このアンペールの名前にちなんでいるのです。

アンペールはフランスのリヨンに生まれました。子どもの頃からその天才ぶりを発揮していたようで、数字も知らない幼少期には小石やビスケットの欠片を使って、複雑な計算を楽しんでいたと言います。無邪気で好奇心旺盛な資質が数学に向いていたのかもしれません。アンペールの父親も早くから息子の才能を見抜き、数学に集中できるようにラテン語の教育などを取りやめたそうです。

その見込通り、アンペールはパリ理工科大学の教授、パリ大学の哲学講師・天文学助教授、コレージュ・ドフランスの実験物理学教授などを歴任。ついにアンペールの法則を発見します。その才能は当時の皇帝ナポレオンにも認められ教育総監にも任命されました。しかし、根が無邪気な研究者だからでしょうか。時にはナポレオンの招待をすっかり忘れて晩餐会をすっぽかすなどのエピソードも残されています。

功績だけを見ていくと、順風満帆に見えるアンペールの人生ですが、実際にはなかなか波瀾万丈でした。アンペールをもっとも深く傷つけた出来事は父親の処刑。アンペールがまだ若い頃、父親が断頭台で処刑されてしまったのです。アンペールの父はフランス法廷に勤めていたのですが「フランス革命は行きすぎだ」という見解を崩さずにいたことで、投獄され死刑を命じられてしまったのでした。アンペールは打ちひしがれ、そこから1年以上にわたって口もきけず、空を見上げたり、砂を積み上げながら暮らしたと言われています。その後も、結婚して数年で妻を失うなど、プライベートな不幸が続きました。

アンペールが亡くなったのは63歳でした。この時、墓石には次のような辞世の言葉が刻まれました。「ついに、幸せになった」と。

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