#226「戦争の愚かさをいまも伝える文豪」井伏鱒二

非常識人列伝

世界を動かした非常識人列伝226話

井伏鱒二(1923〜1993)
日本の小説家

井伏鱒二は昭和の文豪として知られ『山椒魚』『黒い雨』などの代表作は教科書に採用されたり、映画化もされています。井伏の文学は弱者に焦点を当てたものが多く、言わば滅びの美学とでもいうような特徴があります。

しかし、『黒い雨』は井伏の書いた小説の中では少し異質な印象を与えます。弟子に当たる太宰治が自分自身のファンが書いた日記をもとに書き上げた『女学生』同様に、『黒い雨』は実在する日記をもとに書き上げられました。広島で被爆し死亡した女性の日記を手に入れようとしたのですが、すでに処分されていたため、井伏はその叔父にあたる男性の日記をもとに『黒い雨』を書き上げたとされています。

その日記や当時の新聞、取材によって得られた情報をもとに、井伏は『黒い雨』を書き上げました。作品は高く評価され、文学賞を受賞し、映画化もされました。『黒い雨』を書いた背景には、太宰の日記を元に文学を書き上げるというヒントがあったのかもしれませんね。

そのことで、太宰には遺書に「井伏さんは悪人です」と書かれたり、日記を預けた重松からは「日記を返して欲しい」と言われたり、紆余曲折があったようです。それでも、優れた文学として『黒い雨』を成立させたことで、井伏は戦争の愚かさ、原爆の恐ろしさを現代に伝える結果になりました。

小説家としての業と、周囲に迷惑をかけてしまう癖のせめぎ合いの中に、井伏はずっと生きていたのかもしれません。

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