#156「宮沢賢治と真空が生み出した詩」

真空にヒントあり

いつもの真空のお話と違って、今回は宮沢賢治のお話です。宮沢賢治の名前はおそらく『銀河鉄道の夜』というタイトルとともによくご存じだと思います。そんな宮沢賢治と真空との間にどんな関係があるんだろう、と思っていますよね。実は、彼が書いた作品の中に『真空溶媒』という詩があるのです。

かつて、真空とは何も存在しない空間だと思われていました。しかし、何もない空間という存在が「ある」というのは妙なお話。そこから20世紀以降の物理学では真空も、ひとつの「実体」として扱われるようになったのです。宮沢賢治もどうやら同じ考えだったようで、『銀河鉄道』のなかで「真空といふ光をある速さで伝えるもの」という記述が登場します。つまり、真空をものとして捉えていたようなのです。

『真空溶媒』は真空にさまざまな物が溶けていく、というお話。宮沢賢治の作品に親しんだ人ならおわかりだと思いますが、彼は幻想的なお話をいくつも書いています。この詩も、おそらく日常生活の中に宇宙空間のようなものが潜んでいて、そこにさまざまなものが溶け込んでいく、というイメージなのでしょう。そこには、賢治特有の現実の空間と真空空間が裏表のようにあり、どちらが表だとか裏だとかではなく、まさに表裏一体の存在であると言っているかのようです。

零下二千度の真空溶媒のなかに
すつととられて消えてしまふ
それどこでない おれのステツキは
いつたいどこへ行つたのだ
上着もいつかなくなつてゐる
チヨツキはたつたいま消えて行つた
恐るべくかなしむべき真空溶媒は

こんどはおれに働きだした これは『真空溶媒』の一節ですが、宮沢賢治の幻想の世界の中で彼は真空をとても不思議な力を発揮する空間として捉えていたようです。でも、それはただの幻想ではなく、真空によって物質と物質がより密着したり、あっと言う間に不純物を取り除いたり、実際に不思議な効果をもたらす空間であることは確かです。そんな真空の不思議さ、面白さが宮沢賢治の創作活動にも作用したのかもしれませんね。

156「宮沢賢治と真空が生み出した詩」
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